横須賀市の公園情報サイト

衣笠山公園の歴史探索

1.公園の沿革と概要

◇明治38年(1905)1月2日の旅順陥落による日露戦争勝利を祝って、不入斗では提灯行列が行われました。その後、衣笠山(鞍掛山)に日露戦争の戦没者を慰霊する忠魂碑を建立し、さらに桜を植樹し整備後の明治40年(1907)4月18日に衣笠公園として開園しました。
◇衣笠公園から衣笠山公園と改称したのは昭和34年(1959)4月1日になります。これは昭和34年4月1日付の都市公園公告、市報号外(3)告示第18号により「衣笠山公園」として供用を開始していることからです。
◇衣笠公園は歴史のある公園で浦賀園(現:愛宕山公園)に次ぐ古い公園であり、現在の公園種別は「風致公園」、標高134m 継承の森に位置しています。    
 ※開園当時は三浦郡衣笠村区域(村長石川保蔵)であり、明治40年 
  (1907)
2月15日には隣接の横須賀町が市制を施行しました。
  その後、衣笠村
は昭和8年(1933)2月15日に横須賀市に編入され
  現在に至ります。 
(衣笠村最後の村長は平川倉之助)
 ※古書「横須賀案内記」(大正4年1915)でも衣笠公園として紹介され
  ており、さらに、同書では登山口左の「衣笠公園」と掘られた 
  石柱も紹介しています。また、昭和51年(1976)に発表された衣 
  笠地区古老の話の聞き書きでも地元の古老は衣笠公園としての 
  想い出を語り、このように衣笠山公園の前身は衣笠公園であった
  ことがわかります。
 ※太平洋戦争中に活躍した旧日本海軍の重巡洋艦 "衣笠" はこの衣 
  笠山から命名されたとの説が有力です。
 ※一般的に衣笠山と呼ばれている山は、天保12年(1841)に成立した
  新編相模国風土記稿巻百十四三浦郡巻之八上平作村の文中では
  鞍掛山としてその名が見られます。
◇現在は自然豊かな 自然公園として親しまれており、毎年桜の咲く季節には「桜まつり」が開催され、大変な賑わいをみせています。
◇桜の名所として平成2年(1990)3月1日には「さくら日本100選」に、さらに平成6年(1994)1月には「かながわの花の名所100選」に選出され、春に咲く2,000本余りの "桜" と秋の "萩" 1,000株は必見の価値があります。また、手入れの行きとどいた園内には、季節ごとに彩られる山野草も来園者の注目の的となっていて、特に桜の成育については衣笠山桜守会が公園スタッフと協働し保護活動に取り組んでいます。
◇園内の施設としては、管理事務所、展望塔、上の広場、下の広場、わんぱくの森、ホタルの里、わんぱくの水辺、調整池(若芽堰)、遊具、屋外トイレ、無料駐車場15台等があります。
◇園外施設としては、登り口左手には明治40年開園を記念した「衣笠公園」奉納者相模運輸㈱創業者「川井嘉蔵」作者は臨済宗禅僧平松亮卿 「鎭南謹書」と刻字された石柱が見られ、さらに登りきると大正5年(1916)9月他村社合祀創建された衣笠神社が鎮座しています。
◇その他、衣笠山公園に見られる記念碑等は次のとおりです。
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公園登り口左手
衣笠公園 鎭南謹書 石柱
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②公園入口左手
衣笠神社
20170727133509.jpg③公園入口
「西田明則君之碑」記念碑
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管理事務所廻り
八重桜植樹石碑
20170727134312.jpg⑤管理事務所廻り
萩の句碑
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⑥下の広場
忠犬タマ公石碑
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⑦下の広場
従五位小川君石碑
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⑧下の広場
横須賀風物100選説明版


2.『衣笠山』公園・『衣笠』公園・『衣笠栄町』公園の改称について
 
公園の名称(こちらをクリックください)

3.公園の年表
 衣笠山公園の年表(こちらをクリックください)

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